古びた団地をエモで消費する罪悪感

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ここ数日思ったことを書きます。

明確な結論や意見があるわけじゃないです。

 

・高校生くらいの頃から古い集合団地が好きだった。同じ形の大きい建物が暮らしのために効率的に並べられているのはSFみたいだし、それが意義を果たしきれずに朽ち始めているのに哀愁を感じて、今でいう"エモい"という気持ちで写真を撮りに行ったりしていた。

 

・ここ数年は、人の生活にカメラを向けて消費するのは違うな……と思って写真は撮れずにいる。通りがかりにいいな、と思うことはあるし、自分の趣味を知っている人とその場で感想を共有することはあるけど、カメラは向けないし私有地には入らない。

 

・団地への憧れは、小学生の頃近所に大きな団地があり、そこに住んでいる子達が羨ましかったところから始まっている気がする

 

団地の子たちは、「今日は○ゴートー(今思えば号棟)のエレベーターホールで集合!」と言って、そこに集まっていた。たまに誘ってもらってもどこにあるか分からなくて(近くに同じような建物がたくさんある)、不思議なところに迷い込んだみたいな気持ちで連れて行ってもらっていた

 

団地のエレベーターホールは雰囲気が独特だった。閉塞的で足音が響く造りだった気がする。あれ、でもそれは非常階段だけだったかも。なんか人数が少なくてもやけに音が響いて怖かった覚えがあるんだよな

 

・当時はポストに明らかに18禁なアダルトチラシが投函されていたりして、それがエントランスに無造作に散らばっていた。ホール自体も光が入りづらい造りなのかちょっと薄暗くて、「大人の世界」みたいなイメージがあった

 

・エロいチラシ、慣れている同級生がクールに捨てようとするのをなんとか見てみたくて「うちで捨ててあげようか?」みたいな訳分からんことを言った覚えがある。マジで意味がわからん。普通に断られた

 

・それはどうでもいいや。そんなイメージから、昔から団地にはエモを感じていたんだと思う。そう言うと金持ちの上から目線か?と思われるかもしれないけど、その時自分は長屋に住んでいたから責めないでほしい

 

・壁のうっすい長屋に住んでいたけど、「うちって2階建だし金持ちなのかな」とマジで思っていた。

 

・今思うと、長屋住まいは本当にalways〜3丁目の夕日〜だった。自転車で回ってるお豆腐屋さんに鍋持って買いに行ったりしてたし。そういうの、今だったら確実にエモ消費されるんだろうな。

 

・長屋から出てきた子供が豆腐を買ってる動画、どのくらい再生されるかな。電話も電気も止まって親はバチゲンカしてたけど、貧乏ってそういうことだけど、みんなそんなことは関係なく「かわいい」「ほっこり」「こんな時代に戻りたい」って言うんじゃないかな

 

・他人の生活を消費するとき、その後ろ側まで考えきることなんてできない。ノンフィクションくらい丁寧に密着して取材して、ようやく形にできる物だと思う。わからん、あれが失礼じゃないのかもわからなくなってきた

 

・責任を持てないことはやらないほうがいいと思う。少なくとも自分はプレッシャーと天秤にかけてやめることにした

 

・自分の行動に自信があることなんて全然ない。全然ないけど、ないなりに健やかに生きていきたい。

 

・あーこれ、このまま己を省みることしかできないみたいな終わり方も自己責任論ぽくてやだな。嫌だが、自分が何かを言えるほどの確固たる意思もまだない

 

・道半ばです。探っていこう。

 

 

寝ます。

おやすみなさい